疫学調査によって認知症を紐解く「久山町研究」とは

福岡県久山町の住民を対象に行われている「久山町研究」は、1961年より継続して行われている疫学調査です。認知症に関する調査も行われており、認知症予防への手がかりとして大いに注目を集めました。今回は、長寿大国日本を支える久山町研究について詳しく紹介していきます。

目次

久山町研究とは?

久山町研究は、福岡県久山町の地域住民全員を対象に、長期間に渡って行われている大規模な生活習慣病の疫学調査です。疫学調査とは、特定の集団を対象にさまざまな病気の頻度や分布を調べ、発生原因や予防法を統計学的に調査するもので、重要な医学研究として知られます。

久山町研究の始まりは、1961年の脳卒中の疫学調査でした。この調査により、当時の日本の死因1位であった脳卒中の実態や要因が解明され、日本は世界一の長寿国になりました。現在、久山町研究のテーマは生活習慣病全体におよんでおり、世界初の認知症の追跡調査を行うなど、国内外から注目を集めています。

久山町研究の特徴

福岡市に隣接する久山町は、人口約9,000人(2018年12月現在)の町です。住民が全国平均とほぼ同じの年齢や職業分布を持つことから、平均的な日本人のサンプル集団として研究の対象に選ばれました。その特徴は現在まで維持されており、この町で得られた精度の高い調査データは、さまざまな分野の研究で活用されています。

久山町研究の特徴は、死因特定のために亡くなった方の病理解剖を行う率(剖検率)が75%という、世界に類を見ない高い水準を保っている点です。そのため、正確な死因調査を行うことができます。また追跡率99%以上という精度の高い追跡調査を実現しており、年齢40歳以上の住民を5年ごとに加えることで生活習慣の影響や危険因子などの変化も把握することができます。ほかにも80%という高い受診率や、研究スタッフによる健診や往診の実施も、久山町研究を支える重要な要素となっています。

久山町研究でこれまで分かったこと

久山町研究における認知症の調査は1985年に始まり、これまで計5回に渡って実施されました。これは認知症の有病率と日常生活動作にスポットを当てたもので、各調査の受診率はいずれも92%以上という高いものでした。以下は、調査から得られた結果になります。

アルツハイマー型認知症の急増

1998年から2012年にかけての調査で認知症の有病率が増加しており、中でもアルツハイマー型認知症が大幅に増えていることが認められました。

60歳以上の高齢者は2人に1人が認知症に

久山町の追跡調査の成績から、認知症を発症する確率を推計したところ、60歳以上の高齢住民が認知症を発症する確率は55%という結果が得られました。

糖尿病の人は認知症の発症のリスクが高い

認知症の既往症のない60歳以上住民を15年追跡した結果、糖尿病の人がアルツハイマー型認知症を発症するリスクは通常の2.1倍、脳血管性認知症を発症するリスクは1.6倍に。糖尿病が認知症のリスク要因であることが分かりました。

約40年で糖代謝異常の女性は7倍以上に

認知症のきっかけとなる糖代謝異常の有病率を1961年と2002年で比較してみると、男性は11.6%から54.5%と5倍に、女性は4.8%から35.5%と7倍以上に。男性は過半数、女性は3割以上が糖代謝異常を患っている計算になります。

高血圧の人は脳血管性認知症になりやすい

脳出血や脳梗塞によって起こる脳血管性認知症は、アルツハイマー型認知症に次いで多いタイプの認知症です。調査結果によれば、高血圧の人は脳血管性認知症になりやすいことが分かっています。

喫煙者は認知症になりやすい

中年期から老年期の喫煙者を調査したところ、非喫煙者に比べて脳血管性認知症の発症リスクは約2.8倍に、アルツハイマー認知症の発症リスクは約2倍に上昇している結果となりました。

運動は認知症の予防に効果的

久山町研究およびその後の海外の追跡調査により、運動は認知症予防に効果的であり、発症リスクを38~45%低下させることが報告されました。

食事で認知症予防

大豆製品、野菜、海藻類、乳製品を多く摂取し、米(糖質)の摂取量が少ない食事パターンでは、認知症予防に効果が認められました。またこの食事パターンには、果物、芋類、魚の摂取量が多く、酒の摂取量が少ないという傾向も確認されています。また米の摂取量については、主食に偏らず、予防効果のある食品とのバランスの良い食事を心がけることが重要とされています。


久山町研究は、日本の生活習慣の今後を予測するために重要な役割を担っており、国の予防策の参考資料としても使われています。これらの研究で得られた生活習慣の予防策は、久山町住民の健康づくりにも大いに役立っています。